自分、なんで、こんな息苦しいんだろ…。自分と向き合う、はじめの一歩。


生きるって、息苦しい。

明るい人を見ると、とてつもなく眩しい。

キラキラ輝いていて、別の世界の人のように思う。

そして、余計に自分が無能で、ちっぽけに感じる。


どこでボタンを、かけ間違えたのか。。

人生を遡るには、あまりにも膨大で、
それだけでヘトヘトになってくる。

しかも、どこでボタンをかけ間違えたかって考えるとキリがなく、あれかな?あの時かも?もっとずっと前からだったかも…って、また果てしない。

私は、無意識に、記憶の改ざんが起こることってあると思っている。自分の中では事実だし、全然、その、改ざんの自覚はないのだけれども。

どこか海外の研究で、記憶と現実が違うのではないか?という実験が行われたことがある。

息苦しかったり、トラウマを抱えている人などを対象に、聞き取り調査からの、カウンセリングのような方法で、その人の過去を一緒に遡るのだけれども、、

実験の参加者の、自分の身に起こった出来事が実は、友人の出来事だった。という結果があった。

これ、スゴイなって思って。

そしたら、自分が認識している過去の出来事の記憶も、どこかで すり替えが起こってるんじゃないかって、見つめ直すようになったんだけれども、、

でも、その時に思った。

それは、確かめようがないっていうこと。

過去に心身を戻せない限り、確かめようがない。
心に余裕がないと、余計に しんどいだけになる。

もっと言うと、その過去の記憶が事実であろうと、なかろうと、今この瞬間が息苦しいのであって、この今ある息苦しさを解消できない限りは、過去に対して明るい気持ちになりにくいということ。

現在を受け入れることができて、初めて、過去を受け入れることができる。そう思ってる。


記憶を訂正するのには、ハードルが高すぎるということ。実験の参加者は、第三者を交えたから、客観的視点によって気づきがあったけれども、それを内省(自己観察)するというは、なかなか難しいなと。


誰しも、どうせ生きるなら、明るく楽しく生きたいはずで、、

でも、現実そうじゃない思いがあるから苦しいのもわかっていて、、

わかっているからって、すぐ解決するかっていうと、それは違くて、わかっているだけでは根本的な解決には、まだ至っていなくて。そうやってループにハマると、余計に希望の気持ちがどこかに隠れちゃう。

私も、元気なくなる前は、そんなの気の持ちようとか、変わる気がないからでしょって思っていたところも少しあったから。

今は、その人の心の事情というものがあるのだろうなって思う。

その人が苦しいって思ってるならそうだし、変わることは難しいって思ってるなら、そうなのだろうなって。

先ほど、内省という言葉を出したけれども、内省は難しいって言ったけれども、、実は、誰しも、内省はしているんじゃないかなって思う。

内省は、誰でもしているけれども、その後が難しいのだろうなって感じる。

内省して、自分はこう感じているなって思ってる。
では、次は、どうするか。という、思考の次は行動だと思うのだけれども、行動の段階になると、いきなりハードルが上がる。

できっこない、自分なんて…って、また疲れちゃう。

私も疲れちゃったりするのだけれども、、
一つ、いいなと思った方法があって。

それは、紙に書き出してみるという方法。


頭の中だけで内省すると、情報の上書きが起こって、神経が疲弊しちゃうのだけれども、

紙に書き出してみると、頭の中で色々と考えるよりも、情報が整理されるし、自分の思考が可視化されて、あとでも振り返れる。

最初から上手くやる必要はなくて、まずは、どんなことでも、心に湧いたことを思うままに、ひたすら書き出してみる。

これは、少し、静かな場所や自分が落ち着ける場所を作って(私だと、お風呂とか車の中とか)、ケータイのメモ帳でも良いし、紙とペンでもいいけれども。

なぐり書きでもいいから、とにかく書き出してみる。

書き出して、自分は、こう思ってるんだなっていうのを、客観的に感じることがまずは大事で、その時は何を書こうが自由だし、何も気にしない。

心に浮かんでくることを外に出す。

ゆっくり時間を取って書き出すのもいいし、3分間で書けるだけ書くとかでもいいし。

深夜って、思考がネガティブになりがちらしく、起きてすぐの午前中とかだと少しポジティブになったりするらしいので、なんだろ、いつ書くかって断言しにくいけれども、書いた時間帯とかも一緒に書いておけば、いいのかもしれない。

書き出すことでの目的は、自分を出す、知る。ということなので、自分がやりやすいようにやったらいいのかなと。


私が実際にやったのは、
①今、自分がどう感じているかをバァーっと書き出す。
②なんの制約も受けなかったとしたら、何をしたいか書き出す
③家族、自分、仕事、交友関係の4つに項目を分けて、それぞれの環境で、自分がどうありたいか、相手とどうありたいか

っていうのを書いてみた。

普段は、ネガティブにウジウジしていたのだけれども、書き出したのをみてみると、ポジティブな事しか書かれていなくて、、

本当は自分は、もっと素直に生きたがっているんだなって、思った。本当は、シンプルな日常を望んでいて、複雑化させているのは自分なんだなって。


一旦、そのメモから離れてしまうと、またウジウジが始まってしまうのだけれども。

なので、何度も見直してみるといいかなと思うし、そのとき書き出した事が全てと思わずに、また新しい気持ちが湧きてきたら新しく書き出してもいいし。

出来たら、何度でも書き出すことを、やってみる。
何度も書いて書いて、心の中を出す。
一日中書きまくってもいいし、3日に一回でもいいし、週に一回でもいいし、とにかく、書き出すことに取り組むことが大切で、書き出すことのハードルを極力下げてあげる。それを何度もやる。

自分と向き合うというのは、時には、痛みを伴うことだと思うし、現実が頭をよぎって落ち込むこともあるかもしれない。

でも、落ち込みながら取り組むのは違くて、
今、すべての制約がないとしたら自分はどうありたいか。というところに本音が隠されているのだと思う。それを知る。どう行動していくかとか、そういうことは、一旦、その時は、取っ払って向き合う。

そうやってブラッシュアップしていくと、自分の心を知ることができ、自分の本音に気がつく。

自分の本音に気がつくことが、今の自分の苦しみから抜け出す、はじめの一歩なのかなと思う。